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打田稔 顔写真

打田 稔(ウチダ ネン)

JPS日本写真家協会会員、JRPA日本レース写真家協会会員
MCJC(二輪車に関わるジャーナリスト有志一同)メンバー
有限会社シフト 代表

 

会社概要
会社名:有限会社シフト
所在地:185-0011 東京都国分寺市本多4-14-7
設 立:2002年(平成14年)12月26日
代 表:打田 稔(ウチダ ミノル:本名)
業務内容:雑誌・書籍の企画・編集・デザイン
     各種撮影・取材・レポート
     グラフィックデザイン・webデザイン
     プログラム・パンフレット・広告制作
e-mail:nen@shift-inc.com
主な略歴 》開くボタン

1977年 それまで描き続けてきた絵画をやめ、東京綜合写真専門学校で本格的に写真術を学ぶ

1981年 『月刊プレイライダー』(芸文社)副編集長兼カメラマンとして席をおく。ひょんなことから雑誌の世界へ

1983年 フリーランスカメラマンとして独立。『The Bike』(毎日新聞社)、『モトライダー』(三栄書房)、『サイクルサウンズ』(山海堂)、『サイクルワールド』(ソニー出版)などの2輪専門誌や4輪専門誌、一般誌にも関わる
著書『ベストライダー入門』(文研出版)を出版

1986年 パリ・ダカールラリーを取材する

1987年 『月刊ガルル』(実業之日本社)編集長に就任。1999年まで12年間務め、国内にオフロードバイク人気とエンデューロブームを築く

1988年 テレビ朝日『ウィンズ・サファリ 激闘の1万キロ』の1時間特番にゲスト出演。司会は故・河島英五氏(歌手)

1989年 TBS『男のBEタイム』に出演。富士山麓でオフロードバイクを楽しむ“男の時間”を収録しオンエア

1990年 FM山口から海外ラリーの取材を受け、3週にわたり放送される

1991年 RKB毎日放送(福岡)『パンパシフィック・スーパークロス』の解説者として出演

1993年 テレビ東京『ON AND OFF』に夫婦でオフロードツーリングを楽しむという想定で出演

1999年 『オフロード・バム』(エイ出版社)創刊、編集長に

2002年 エディトリアルプロダクション(有)シフトを設立、代表取締役に

2003年 新潟県・川西高等学校でバイク講演。全校生にバイクや冒険ラリーのすばらしさを講演する

2004年 『Off Road Rider』(エイ出版社)創刊、編集長に

2005年 FMアップル(北海道のコミュニティーFM)に出演

2006年 映画『スーパークロス』(配給・日活)の公開記念“アゲアゲ”スーパーライブ試写会にゲスト出演

2007年 MCJC(二輪車に関わるジャーナリスト有志一同)を立ち上げ、二輪車駐車場問題など二輪車利用環境改善に取り組む

2009年 著書『平凡社新書 ハーレーダビッドソンの世界』(平凡社)を出版

2009年 東京FM『SUNTORY SATURDAY WATING BAR“AVANTI”』に出演(11月7日)、スーパーカブについて話す

2010年 東京FM『SUNTORY SATURDAY WATING BAR“AVANTI”』に出演(3月13日)、ハーレーダビッドソンについて話す

※その他にバイクフォーラムの司会やゲスト、レース解説者として多数出演

主な国際レース出場歴 》開くボタン

1984年 10月 第3回ファラオラリー(エジプト):日本人初出場。ミスコースで行方不明になりながらも時間外完走(XLX250R)

1985年 10月 第4回ファラオラリー(エジプト):マラソンクラス7位(XL650R)

1986年 11月 BAJA1000(メキシコ):参戦記を雑誌で紹介、その影響で翌年から日本人参加者が激増する。クラス3位(XR350R)

1987年 5月 スモーキングホイール(グアム):レンタルバイクで参加。7位(RM250)
11月  BAJA1000(メキシコ):マイク眞木氏らとチームを結成し出場。完走(XR250R)

1988年 8月 ウィンズ・サファリ(オーストラリア):3日目に右膝靭帯を切断しながらも完走。帰国後2カ月の入院。総合25位・クラス6位(TT350R)

1989年 11月  BAJA1000(メキシコ):完走(XR250R)

1990年 8月 オーストラリアン・サファリ(オーストラリア):総合19位・クラス4位(XR250R)
11月 BAJA1000(メキシコ):マイク眞木・真木蔵人親子と出場。完走(XR250R)

1991年 8月 オーストラリアン・サファリ(オーストラリア):5日目にクラッシュし90分間意識不明でリタイア。そのシーンがテレビ放映させる(XR250R)
11月  BAJA1000(メキシコ):総合33位・クラス6位

1992年 5月 第1回ロシアンラリー(ロシア):完走(XT400E)
11月  BAJA1000(メキシコ):バイク冒険家・風間深志氏とチームを結成し出場。総合52位・クラス15位(KDX250R)

1993年 11月 BAJA1000(メキシコ):完走(XR250R)

1995年 7月 第1回ラリーレイドモンゴル(モンゴル):総合16位・クラス5位(XR BAJA)

1996年 7月 第2回ラリーレイドモンゴル(モンゴル):元全日本モトクロスチャンピオン東福寺保雄氏らとチームを結成し出場、4日目に右足を骨折したものの、そのままラリーを続行したが、6日目にマシントラブルでリタイア(XR250R)

1997年 8月 第3回ラリーレイドモンゴル(モンゴル):なんと初日にマシントラブルであっけなくリタイア(XR250R)

1998年 3月 第2回インターナショナル3ディズ・エンデューロ(マレーシア):完走(XR400R)
7月 第4回ラリーレイドモンゴル(モンゴル):総合9位・オーバー38クラス1位(XR400R)

1999年 1月 第21回グラナダ・ダカールラリー(スペイン/アフリカ):5日目に140km/hのハイスピードでクラッシュ(鎖骨と肋骨6本を骨折)しリタイア(XR400R)

2005年 8月 第1回ベンジン・ウランバートル2005(中国/モンゴル):MOTO総合15位・クラス4位(KTM450EXC-R)

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